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研究会の構成

 私たちは、ジャーナリストの惨事ストレスに関する研究を行っているグループです。「研究の流れ」にも書いたように、2004年に構想を練り始め、放送文化基金の研究助成を受けて2005年から本格的な研究活動を始めました。研究会の現在のメンバーは、下記の通りです。

  • 松井 豊   筑波大学・人間総合科学研究科・教授(研究会代表)
  • 安藤清志   東洋大学・社会学部・教授
  • 井上果子   横浜国立大学・教育人間科学部・教授
  • 福岡欣治   川崎医療福祉大学・医療福祉学部・教授
  • 畑中美穂   名城大学・人間学部・准教授
  • 高橋尚也   立正大学・心理学部・准教授
  • 張 綺    筑波大学大学院・人間総合科学研究科

 また、現役のジャーナリストとして(敬称略)

  • 宮田一雄   産経新聞編集委員

の多大なるご協力を得ています。

 ほかに、研究実施時のメンバーとして下記の方が参加されていました。

  • 小城英子   聖心女子大学・文学部・准教授
  • 板村英典   関西大学大学院社会学研究科 マス・コミュニケーション学専攻
  • 結城裕也   東洋大学大学院社会学研究科社会学専攻

 ホームページの制作は、

  • 佐藤広英   信州大学人文学部・准教授
  • 竹中一平   武庫川女子大学文学部・助教

が行っています。

研究のきっかけ

 私たちが、ジャーナリストの惨事ストレスを研究しようと考えたきっかけは3つあります。
 第1は、阪神・淡路大震災でジャーナリストが受けた心理的な衝撃です。研究会メンバーであった小城英子は、『阪神大震災とマスコミ報道の功罪』(明石書店刊)において、同震災の報道に携わった人々の苦悩や迷いや逡巡を描きました。また、同震災の報道に関しては、ジャーナリスト自身も手記を残しています。しかし、小城の研究以外には、国内ではこの問題に関心を向ける研究者はわずかでした。消防の世界では災害現場で活動した職員に見られる惨事ストレスに対する関心が高まっていましたが(松井・畑中)、ジャーナリストを対象にした研究は行われていない現状でした。
 第2は、被災者の方たちがマスコミに抱いた不満と感謝の気持ちでした。本研究会メンバーは、1982年7月23日の長崎大水害(松井)や1994年4月26日の中華航空機墜落事故(安藤・福岡・松井)の遺族の方への面接や意識調査を通して、マスコミの取材や報道がときに被害者や遺族を傷つけ、ときに励まし支えてきたことを痛感しました。広域災害や大事故を取材し報道する人々が、自身も心が傷つくことを自覚されたら、被災者に寄り添い、より適切な報道が可能になるのではないかと考えました。
 第3は、ジャーナリストの惨事ストレスを軽減するための取り組みが海外で行われていることを知ったことです(井上・松井)。イギリス公営放送BBCはイギリス海軍で開発されたTRiMというストレスケアシステムを導入し、研修を行っています。アメリカのコロンビア大学を拠点とするダートセンター(Dart Center for journalim and trauma)は、ジャーナリストの外傷性ストレスに関する国際的な組織で、広域災害後のメンタルケアなどを積極的支援しています。残念ながら、日本にはこうした試みは行われていませんでした。
 以上のような研究者の問題意識に応えていただき、放送文化基金や多くの報道関係機関のご協力を得ながら、本研究会は活動を展開してきました。

(文責・松井豊・安藤清志)

惨事ストレスの視点から見るジャーナリスト

 惨事ストレスの観点から捉えると、広域災害の現場や大事故などの報道に携わるジャーナリストには3つの側面があると考えられます。
 第1の側面は、「社会から期待される存在」としてのジャーナリストです。災害や事故において、一般の人が知り得ない被災者・被害者の現状を社会に知らせ、社会からの支援を促し、社会正義を保つために報道を行うという側面です。この側面は、多くのジャーナリストが認め、そうありたいと願う姿でもあります。
 第2の側面は、「加害者になりうる存在」としてのジャーナリストです。被災者や加害者に対する無遠慮な取材や、「メディア・スクラム」などと呼ばれる集団の過熱した取材が、災害や事故で傷ついた人の心をさらに深く傷つけてしまう側面です。私たちがジャーナリストに対して行った面接調査でも、自分のインタビューが取材対象の方を傷つけたのではないかと悩む方が何人かいらっしゃいました。
 第3の側面は、災害や事故現場を共有する当事者・被災者ととして「傷つきうる存在」となる側面です。被災した家族を心配しながら取材活動を行う場合には大きな葛藤が生じる可能性がありますし、雲仙普賢岳の死傷事案のように、同僚が取材中に亡くなった場合には、とくに深い心の傷を受けます。また、取材や報道対象の方たちとの接触を通して、代理的に心が傷ついてしまう場合(心理学では「代理受傷」といいます)もあります。被害状況を聞き取っているうちに、自分が被害者になったようなストレス(代理性ストレス・共感性疲労)を感じて、心に傷を負ってしまうのです。
 しかし、多くのジャーナリストは「自分は強くなければならない」と考えがちであるために、自分のストレス状態を自覚できません。また自覚できたとしても、そのことを人に話さず、心の内に秘めてしまいがちです。お酒で紛らわせる人も少なくありません。
 大災害や大事故に出会ったり、悲惨な光景を目にしたりした後に生じるストレスを、惨事ストレス(Critical Incident Stress)と言います。ジャーナリスト自身も惨事ストレスを被ることを広く理解していただきたいと願っております。

 私たち研究会では、ジャーナリスト自身が第3の側面(傷つきうる存在)を自覚して適切に対処することによって、第2の側面(加害者となりうる存在)を防ぐことができ、同時に第1の側面(社会に期待される存在)をさらに充実させることができるはずだと考えています。被災地や事故現場で取材するジャーナリストが、「今、自分は異様に興奮している」とか「かなりストレスを受けている」と自覚すれば、取材対象者の心を理解し、支えるゆとりが生まれます。そして、それがジャーナリストと取材対象者、そして報道に接する一般の人々との関係をさらに望ましいものにすると考えられるのです。

(文責・松井豊・安藤清志)

研究の流れ

われわれの研究の流れは下記の通りです。

主な研究や調査

2004年8月~2005年1月
構想・準備
2006年10月~2007年1月
Dart Center for Journalism and Trauma関係者を中心とする海外調査
2006年2月~2007年8月
放送ジャーナリストに対する質問紙調査
2007年8月~2008年9月
報道機関の管理職に対する面接調査
2007年11月
国際トラウマティック・ストレス学会やDart Centerフェローに対する海外調査
2008年5月~6月
新聞ジャーナリストに対する質問紙調査
2010年2月~3月
上海における研究者・ジャーナリストに対する面接調査


主な講演会開催

2009年2月25日
日本記者クラブ研究会「ジャーナリストの惨事ストレス」松井・福岡発表 於:プレスセンター
2009年12月7日
報道人ストレス研究会・東洋大学21世紀ヒューマン・インタラクション・リサーチ・センター共催「ジャーナリストと心的外傷」福岡発表 Cait McMahon氏(ダートセンターオーストラリア代表)講演 於:東洋大学
2009年12月12日
東洋大学21世紀ヒューマン・インタラクション・リサーチ・センター・報道人ストレス研究会共催「イギリスの惨事ストレスケア-消防からジャーナリストまで-」Niel Greenberg 氏(キング大学軍隊精神医学・上級講師)講演 於:東洋大学
2010年3月24日
大阪大学大学院人間科学研究科対人社会心理学研究室主催 第37回対人社会心理学フォーラム「ジャーナリストの惨事ストレス-ソーシャル・サポートの観点を含めて-」福岡発表 於:大阪大学



学会でのシンポジウム等       

2006年11月11日
日本マス・コミュニケーション学会2006年度秋季研究発表会 ワークショップ3 災害・事故・事件報道にみるジャーナリストの惨事ストレス―ストレスケアシステムの構築をめざして― 小城(司会)、板村・福岡(話題提供)
2007年3月10日
日本トラウマティック・ストレス学会第6回大会 シンポジウムB-3 外傷的出来事に職業的に関わる人々のストレスケア 松井・福岡(企画・司会)、福岡(発表) 
2007年9月19日
日本心理学会第71回大会 ワークショップWS081 ジャーナリストの惨事ストレス 松井・安藤・福岡(企画)、福岡(司会)、小城・板村・井上(話題提供)


研究助成       

平成16~17年度
放送文化基金研究助成
平成17~18年度
科学研究費補助金萌芽研究  
平成17~20年度
東洋大学ヒューマン・インタラクション・リサーチ・センター助成
平成19~21年度
科学研究費補助金基盤研究(基盤研究B)