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惨事ストレスとは?

 惨事ストレス(Critical Incident Stress)とは、通常の対処行動機制がうまく働かないような問題や脅威(惨事)に直面した人、あるいは惨事の様子を見聞きした人に起こるストレス反応を指します。惨事の例としては、地震や水害などの自然災害の他、交通事故や火災などの人為的災害や事故、レイプや虐待などの暴力的行為などがあげられます。
 近年、消防職員や陸上自衛官、海上保安官など、事故や災害の現場で他者を救援する職業に就いている人々が被る惨事ストレスへの関心が高まり、組織的な対策が進められています。同様に職務上悲惨な現場に赴き、取材活動を行うジャーナリストもまた惨事ストレスを被る危険性を抱えています。実際に、BBCなど海外の報道機関では、惨事の取材に携わる記者のためのケアや対策が行われています。しかし、日本ではジャーナリストの惨事ストレスへの関心はまだ乏しく、組織的な対策もほとんど行われていない状況です。

惨事ストレス反応の特徴

 悲惨な現場での活動中や活動後には、急性ストレス反応(Acute Stress Reaction)と呼ばれる、特有の心理症状が現れます。急性ストレス反応には、以下の4つの症状があります。第一は、目の前で起こっていることが現実のものとは思えないという現実感の消失や、感覚の麻痺、一時的に出来事を思い出すことが困難になるという症状で、解離症状と呼ばれます。第二は、外傷体験に関わる光景、匂い、感覚などが何度もよみがえる再体験症状です。これらは意図に反してよみがえる場合が多いことから、侵入症状とも呼ばれます。中でも、場面が瞬間的に切り替わったかのように、外傷体験に関わる光景が頭の中に突然現れる現象は、フラッシュバックと呼ばれています。第三は、外傷体験を思い出さないようにするために、その時の体験を思い起こさせるようなモノや場所を避けるという回避症状です。現場に関連する事柄について話したくない、考えたくないという気持ちになったり、類似した現場に赴く際に大きな不安感や負担感、発汗や動悸等の身体症状が生じたりする状態も、回避症状の一種と捉えられます。第四は、日常的に不安が高まり興奮状態に陥る覚醒亢進(過覚醒)症状です。眠れなくなったり、イライラしたり、仕事に集中できなくなったり、過剰に警戒したり、仕事をしていないと落ち着かなくて休むことができなくなったり、といった反応があてはまります。
 これらの4種の症状すべてが2日間以上持続して、当人が激しい苦痛を感じており、その症状のために仕事や対人関係に大きな問題が生じて日常生活に支障が現れている場合、急性ストレス障害と診断されます。また、急性ストレス障害の症状のうち、再体験、回避、覚醒亢進の3つが1ヶ月以上持続する場合には外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder, PTSD)となります。
 上記の症状の他に、気分が落ち込み抑うつ的になったり、強い無力感や罪悪感に苦しんだりすることも多くあります。

惨事ストレス反応を引き起こす要因

 こうしたストレス反応は、家族を想起させる死傷、特に子どもの死や、損傷の激しい遺体や重傷者に接した場合の他、被災者あるいは被害者と知己である場合により強くみられます。また、凄惨な現場または自身が死傷する危険性が高い現場で活動した場合や、同僚が負傷したり死亡(殉職)したりした場合、救出等の現場活動が困難あるいは不成功に終わった場合にも強いストレス反応が生じやすくなります。
 広域災害や大事故などの大規模な惨事では、上記のような特徴をもつ現場が多いため、現場に赴いた方々の多くに何らかのストレス反応が現れることが明らかになっています。このため、ストレス反応のケアのための組織的な対策が必要になってきています。また、活動後にストレス反応が出ていないかどうかを確認し、ご自身の状態を把握することがストレス・ケアとして有効です。つらい現場で活動した後、ご自身のストレスの状態が気になった場合は、是非「惨事ストレスによるPTSD予防のためのチェックリスト」をお使い下さい。

(文責・畑中美穂)

ジャーナリストの惨事ストレス

 私たちがこれまで行ってきた調査から、日本のジャーナリストにおける惨事ストレスの実態についてご紹介します。
 調査は、複数の放送局ないし新聞社に協力を依頼し、職場単位で調査票を配布し、ご協力下さった方には個別に郵便で返送していただきました。2006年7~8月にかけて行った放送局への調査では、記者・カメラマンなどの非管理職211名と管理職149名、2008年6~7月にかけて行った新聞社への調査では、非管理職291名と管理職102名の方に有効回答をいただきました。回収率は29.4~53.7%の範囲でした。なお、以下では適宜「放送ジャーナリスト(調査)」「新聞ジャーナリスト(調査)」と記します。

1.衝撃を受けた取材・報道事案について

 回答者自身が、取材や報道の過程で衝撃を受けた事案があるかどうか、またその事案の内容についてたずねました。その結果、「衝撃を受けた事案はない」という回答は、放送ジャーナリスト(図1)では約12~13%、新聞ジャーナリスト(図2)でも約17~18%にとどまっており、8~9割近い人が、取材や報道の過程で衝撃を受けた事案を経験したことがある、ということがわかりました。 衝撃を受けた事案の中身については、放送ジャーナリスト・新聞ジャーナリストとも「自然災害(地震、台風、水害など)を挙げる人が最も多く、放送調査では「交通事故」、新聞調査では「殺人事件・心中事件・自殺」がこれに続いていました(以上図1・2参照)。なお、これらの出来事を体験した時の職務は、新聞ジャーナリストでは約8割が記者であり、放送ジャーナリストでは4割強が記者、約2割がカメラマン、約1割がアナウンサーでした。
 惨事ストレス(Critical Incident Stress)とは、通常の対処行動機制がうまく働かないような問題や脅威(惨事)に直面した人、あるいは惨事の様子を見聞きした人に起こるストレス反応を指します。惨事の例としては、地震や水害などの自然災害の他、交通事故や火災などの人為的災害や事故、レイプや虐待などの暴力的行為などがあげられます。
 近年、消防職員や陸上自衛官、海上保安官など、事故や災害の現場で他者を救援する職業に就いている人々が被る惨事ストレスへの関心が高まり、組織的な対策が進められています。同様に職務上悲惨な現場に赴き、取材活動を行うジャーナリストもまた惨事ストレスを被る危険性を抱えています。実際に、BBCなど海外の報道機関では、惨事の取材に携わる記者のためのケアや対策が行われています。しかし、日本ではジャーナリストの惨事ストレスへの関心はまだ乏しく、組織的な対策もほとんど行われていない状況です。

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2.衝撃を受けた取材・報道後の症状について

 衝撃を受けた取材・報道の後、どのような心理的あるいは身体的症状を感じたのか、当時を振り返って回答をしてもらいました。図3と図4には、このうち、取材・報道後2~3ヶ月間でのストレス症状に関する結果を示します。放送ジャーナリスト調査・新聞ジャーナリスト調査とも、過半数の人が何らかの症状を感じており、事案から一定期間を経過してもなお自覚症状のある人の多いことが明らかになりました。

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3.調査回答時点での外傷的ストレス反応:IES-Rによる結果について

 さらに、現時点での惨事ストレス反応の有無を調べるために、出来事インパクト尺度改訂版(IES-R)に回答してもらいました。これは得点が高いほど症状が強く、25点以上であると外傷後ストレス障害(PTSD)の疑いがあるとされる尺度です。その結果、表1に示すとおり、放送ジャーナリスト調査および新聞ジャーナリスト調査の管理職では約5~6%、新聞ジャーナリスト調査における非管理職では約12%の人が25点以上のハイリスク群となっていました。この比率は、この尺度を用いた福岡市の消防隊員に対する調査(ハイリスク群12.5%)や全国の消防隊員からの無作為抽出による調査(同15.6%)に近いものであり、災害救援者と同様、ジャーナリストもまた衝撃的な取材・報道事案の体験によって惨事ストレスの危険性にさらされていることが明らかになりました。なお、新聞ジャーナリストの非管理職の多くは記者であることから、現場取材を行う記者において、特にその危険性の高いことが推測されます。

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(文責・福岡欣治)